劇団櫂人 公演記録

 

春だ、芝居だ、圓朝だ!圓朝弐題

第一部

「怪談牡丹燈籠(牡丹灯篭) 〜お札はがし〜」

作: 三遊亭圓朝

演出: 篠本賢一

公演: 2014年 4月12日/13日

劇場: 西荻ターニング

 

-キャスト-

語り: 青木恵

お露: 福島睦

お米: 田中淳子

新三郎: 奥居直樹

伴蔵: 東條将孝

おみね: 鳴海逸美

黒衣(志丈): 甲斐照康

黒衣(良石): 向後正枝

黒衣(勇斉): 鈴木里花

黒衣(寺の女): 脇田美穂子

 

-三遊亭圓朝(円朝)、初代についてー

(1839.5.13〜1900.8.11)

本名、出渕次郎吉(いずぶち じろきち)

幕末から明治まで活躍した落語家。二代目圓生から嫉妬をされ、圓朝の予定していた演目を先回りされてしまう事が度々あり困り果てたあげく誰もやった事の無い演目“新作落語”を創り出す。代表作に「真景累ヶ淵」「怪談乳房榎」「怪談牡丹燈籠(牡丹灯篭)」等があり、歌舞伎や芝居で演じらる事もあった。

 

 

-あらすじ-

旗本、飯島平左衛門には「お露」という娘がいた。平左衛門は、連合いに先立たれ女中であった「お国」を後添えにする。

 

ある日、萩原新三郎の所へ山本志丈という お露のお付き医者が訪れる、名ばかりの いい加減な医者の志丈、新三郎を梅見に誘い出しその帰りに お露の所へ遊びに行こうというのだ。お露は継母との確執の為 女中「お米」と親元を離れ谷中に住んでいた、お露の元を訪れた新三郎だが この二人、お互いに一目惚れしてしまう。元々、内気な性格の新三郎は一人で お露に逢いに行けずに悶々とした日々を過ごしていたのだが、そんな ある日、志丈が訪ねて来て「お露が亡くなった」と聞かされる。

 

ある晩の事、駒下駄の音と共に灯篭を下げた お米が、お露と共に新三郎の家を訪れ 二人の仲を快く思わない お国が志丈を使い「お露が亡くなった」と嘘を つかせた事を聞かされる。

 

お互いに生きている事が分かり一気に燃え上がる若い男女の二人。お露は毎晩、新三郎の所へ通った、しかし お露と お米は、本当は死んでいて幽霊となって新三郎は元へ毎晩現れていたのであった。その様子を ずっと見ていた新三郎の下働きの男、伴蔵。この男は、新三郎から色々と世話になって生活をしている。新三郎の身を案じて人相見の 勇斉の所へ相談に行く伴蔵、勇斉も心配になり新三郎の元を訪れるが 新三郎は、お露達が幽霊だとは中々信じない。そこで新三郎は、お露の家を訪れるが見当たらない。そして帰りに二人の墓を見つけ もう二人は、この世の者では無い事に気づき勇斉から紹介されてた高名な僧侶、良石より「お札」を授かる。

 

その夜から新三郎の元へ行けなくなってしまった お露、お米であった、仕方なく伴蔵の所へ現れて、お札を はがしてもらおうとする。最初の内は畏れおののく伴蔵であったが 妻おみねと共に「お札」を はがす代わりに百両の金を幽霊から、せしめようと画策するのだった、世話になっている新三郎を裏切り「お札はがし」をしてしまい、まんまと幽霊から百両の大金を手に入れる。

 

その夜、再び新三郎の元へと現れた お露 お米は、とうとう新三郎を、あの世に連れて行ってしまうのであった。

 

-稽古から本番へ-

この舞台の最大の特徴は「語り」「黒衣」そして、「人形」である、語り部が物語を進め 黒衣が人形を操り 時に演者になる演出をとった。

一番の特徴は、題目にもある 〜お札はがし〜 という一番の見せ場をあえて「人形」劇で行った事である。それだけに 黒衣役は、演者としての芝居の稽古以上に 人形の芝居の稽古に苦労をした。本番では舞台正面の奥全体に黒幕を張った以外に舞台装置は一切無し中央の開閉幕からの役者の出入りにより場面の転換を試みた、つまり 役者の演技のみで場面の表現をしなければならない。

役者にとって“苦労”と“やりがい”のある舞台となった。

 

 

-総括-

劇団としての公演は三回目であった。前回のアトリエ公演が終わり10月に劇場での公演が決まっていたが、1月に他の舞台と一緒に公演する事が決まりこの公演に至った。我々劇団、単独では無かったものの劇場での公演は良い経験であり糧となった事は、間違いない。

 

 

-感想-

苦労しない舞台というのは、無いが毎回、違った苦労をします。

まずこの舞台が“和”の舞台なので、所作に一苦労、舞台装置が無い為、演技のみで場面を変えなければならない、黒衣は自らの役と人形の役を演じる…等々。そして、演目の知名度、元々、怪談牡丹灯篭は とても長い演目です。しかし一般的に知られているのは、お露 お米という幽霊が登場する話 〜お札はがし〜の段が有名かと思います。そして、怪談と言えども この話は お露 お米 新三郎の核となる人物以外は、中々の個性派揃いで笑いも ある芝居です。そして物語の根底に流れているのが「因果応報」であるという事です、つまり幽霊の怖さより 生きている人間の怖さを表現しなければならないという事だと思います。

 

すでに話の筋を御存知の お客様もいらしたであろう中で、団員皆きっちりと演じられたと思います。

 

文責/甲斐